自分を見せたいように見せている

こんにちは!心理カウンセラー佐藤城人(しろと)です。

「うわぁ、きれいなお月さま!」

「なあんだ、雲に隠れちゃった・・」

先日の十五夜の晩、私の住む川崎は曇天だったため、

雲の切れ間からお月さまが顔をのぞかせたり、隠れてしまったり。

きっと、このような会話が聞かれたことでしょう。

確かに、途中に雲があると、月は見えなくなってしまいます。

また、地球の影によって、満月にも、三日月にも形を変えることができます。

しかし、月の本体そのものは、地球と同じ丸い球体をしています。

雲があっても無くても、影があっても無くても、その実態が変わることがありません。

「それを言っちゃあおしまいよ。ロマンもなにもありゃしない」

このような声も聞こえてきそうです。では、次のそれぞれの会話をお読みください。

場面は、雲に遮られ、お月さまが見えなくなった時に、親が子どもに語りかける言葉です。

①「なあんだ、せっかくの十五夜が台無しだ。さっ、風呂にでも入ろう」

②「もうちょっと待ってみよう。また綺麗なお月さまが見えるかもしれないよ」

③「あの雲がジャマなんだよな」

④「お月さまも恥ずかしのかな?」

さて、どの言葉掛けが正解か否か、そのようなことをここで論ずるつもりはありません。

ここでお伝えしたいのは、私たちは、月が雲に隠れる様子を、

『自分たちの見たいように表現する』ということです。

そして、ロマンを感じたい場合は、自然とそのような言葉使いになるのでしょう。

自分の見たいように見る

上述した①~④の会話、その日の気分によって選択する言葉が異なるケースも考えられます。

実際私たちが使う言葉は、その時の気分に左右されやすいことでしょう。

すなわち、気分の良いときは前向きな発言をし、

落ち込んでいるときは後ろ向きの発言が多くなりがちです。

 

私たちは、相手の言動からその人の人柄を判断します。

そうしますと、前向きな発言の多い人には「前向きな人」と、

そうではない人にはそれなりの判断をすることでしょう。

「そんなのおかしい。私の実態を反映していない。

本当の私をちゃんと見て欲しい」

そうかもしれません。

しかし、私たちは『自分の見たいように見る』のと同じように、

『自分を見せたいように見せている』このようにも思うのです。

十五夜の晩、雲からのぞくお月さまは、何も語ってはくれませんでしたが・・・。

 

心理カウンセラー佐藤城人(しろと)でした。