同治と対治

こんにちは! 心理カウンセラー佐藤城人です。

~受け入れますか? それとも戦って排除しますか?~

例えば、風邪や発熱の際、皆さんはどのように治しますか?

同治と対治

この言葉は、本来は仏教の言葉です。

「治す」の文字からもわかるように、どちらも治療に関することです。

ただし、その治し方が異なります。そもそも治療に対する視点が異なるのです。

対治(たいじ)、この立場では、風邪に対し、氷や解熱剤などで熱を下げ、治療する方法を取ります。

「対する」の言葉からもわかるように、病気は対峙すべき悪者であるという発想です。

その結果、対決して取り除く方法が選択されます。

これに対し、同治(どうじ)では、発熱した身体をさらに温め、
発汗させる方法などが中心となります。

「同じ」という言葉通り、弱っている身体の部分も自分の一部なのだから、
一緒にともに治していく発想です。

この2つの言葉、五木寛之さんの『生きるヒント』で知りました。

私は、元アルコール依存症者です。

「酒を断ち切らなければいけない」、
「自分をリセットしなければいけない」、
「でもどうにもならない・・・」
悶々とした日々のなか、手にした書籍です。

「自分自身と戦う意味があるのだろうか?」
読後、素朴な疑問が湧きました。

酒を飲みたいという欲求は、煩悩にも似て、
切っても切っても湧き上がってきます。

「ああ、飲みたいと考える自分もいるんだな」と受け止めるようになってからは、
心も自然と軽くなり、気づくと酒を止めて18年の私がいます。
この先も、ときどきは飲みたい欲求が、
ふと湧くのかな?と苦笑しながら。

《同治と対治》

いま、心理カウンセラーという立場から改めて考えてみました。

悲しんでいる人に、「悲しんでいるばかりではダメ。
もっと元気を出せ」と叱咤し、立ち直らせようとするのが《対治》。

「辛かったですよね。これまでよく頑張ってきましたね」と、
一緒に悲しみを分かち合い、相手の心の重荷をおろしてあげるのが《同治》と思うのです。

日々生活をしていると、さまざまなストレス要因と遭遇します。

また、外部からウイルスなどが体内に入ってくることもあるでしょう。
それらの一つひとつと戦い、撲滅する方法もひとつ。
良いときも悪いときも、どちらも自分の人生、と泰然と構える方法も、またひとつ。

《対治》は「否定」する発想なのに対し、
《同治》は、「受け入れる」ところから出発した考え方なのでしょう

心理カウンセラー佐藤城人でした。